第二章「終活を考えるとき」
ケース5「妻も連れてきたよ。」
子どもたちは、それぞれ親の手を離れるようになった。孫がいる子もいれば、いない子もいる。
仕事も子育ても、ようやくひと段落。
毎朝お弁当を作る必要もない。誰かの帰宅時間を気にして、夕飯を作る必要もない。
長い間ずっと、家族や仕事の予定を優先してきた。
そして気がつけば――
これからは、自分の時間をどう過ごそう。
そんなことを考えるようになった。
そんなある日、学生時代からの同級生C子と、いつもの喫茶店で話していたときのこと。
『ねぇ。十年前のメンバー誘って、また旅行でも行かない?』
C子が、ふいにそんなことを言った。
彼女もまた私と同じように、これからの時間をどう過ごそうかと考えていたのかもしれない。
それぞれに連絡を取ってみると、都合のつかない人もいて、十年前より少し人数は減った。
それでも、行先と宿は無事に決まった。
そして旅行当日。
集合した瞬間から、まあ、うるさい。
『ちょっと、老けたんじゃない?🤣』
『あんたに言われたくないわよ!』
『○○なんて全然変わってないじゃない。』
『いやいや、髪見てみなさいよ🤣』
みんなで笑った。でも、笑いながら私は思った。
……みんな、本当に老けたなぁ。
十年前にも、同じようなメンバーで近場の温泉へ一泊旅行をした。
あの頃の顔を、私はちゃんと覚えている。
シワが増えたし白髪も増えた。
歩く速度だって、少し遅くなった気がする。
……いや、待てよ。向こうから見れば、私も同じか。
毎朝鏡で見ている自分の顔は、少しずつ変わっていくから気づかない。
どうやら私は、自分だけ十年前と大して変わっていないと思っていたらしい。
宿に着いて、よく分かったことがある。
旅行鞄の中身も、十年前とはずいぶん変わった。
みんな、荷物はできるだけ軽くしてきている。そのわりに、鞄の中で薬の占める割合は、ずいぶん増えていた。
十年前だって、薬を持ってくる人はいた。
湿布や血圧の薬。それから、
『最近これ飲んでるのよ。中性脂肪撲滅剤🤣』
なんて、健康食品を持ってくる人もいた。
『私たちも、こういうもの持ち歩く年齢になったのねぇ。』
あの頃は、それだけで笑っていた。
ところが今回は――
『私、朝これ飲まないといけないから。』
『俺は食後。』
『あれ?血圧の薬どこ入れたっけ?』
『あ、私今からインスリン打つから。あ、これね、注射器~(笑)』
『俺はまだこの薬だけど、そのうち注射組かもなぁ🤣』
なんて言いながら、テーブルの上は、いつの間にか薬の品評会になっている。
十年前にも薬の話はしていた。
でも、種類が増えた。
飲む回数も増えた。
そして何より――みんな、妙に詳しくなった。
『それ、俺も飲んでる。』
『あんたも!?🤣』
『それ私、合わなかったわ~。』
『え?そうなの?』
十年って、こういうことか。
話題だって、昔とはずいぶん変わった。
『うちの孫がさぁ。』
『はいはい。また孫自慢ね🤣』
『見てよ、この写真。可愛いでしょ?』
『あ、その子、この前生まれたって言ってた子?』
『もう三歳よ!』
『えーー!もう!?』
子どもの話。
孫の話。
夫や妻の話。
『うちの息子がこの前ね――』
『あ、○○君でしょ?小さい頃に一回会ったことあるよ。』
『うちの娘なんて、全然帰ってこないわよ。』
『うちも一緒一緒!』
会ったことのある家族もいれば、写真でしか見たことのない家族もいる。
名前しか知らない家族だっている。
それでも不思議なもので、
長い付き合いの友人の家族というだけで、なぜかみんなで盛り上がれる。
孫の写真を見せ合って。子どもの愚痴を言って。夫や妻の話で笑って…。
気づけば、自分たちの話より家族の話の方が多くなっている。
なのに――誰かが学生時代の話を始めれば、一瞬だった。
『そういえば、あんた○○君のこと好きだったでしょ!』
『ちょっと!今それ言う!?🤣』
『知ってた知ってた!』
『知らないの本人だけだったんじゃない?』
『やめてよ、もう!🤣』
キャッキャと笑う声だけ聞いていたら、私たちは、あの頃と何も変わっていない。
シワも増えたし白髪も増えた。薬も増えた。話の中には、子どもどころか孫まで登場するようになった。
それなのに、このメンバーで集まると、どこか学生時代のまま。
何十年も前に置いてきたはずの若者に、ほんの少しだけ戻ったような気がした。
そんなときだった。
A君が鞄の中をゴソゴソと探し始めた。
『そうだ。忘れるところだった。』
取り出したのは、一枚の写真だった。
そこには、笑っているB子がいた。
B子も私たちの同級生だった。そして、A君と結婚した。
十年前の旅行には、もちろんB子も一緒にいた。
A君は写真をみんなに見せると、いつもの調子で笑った。
『妻も一緒に連れてきたよ。』
一瞬だけ、誰も何も言わなかった。
でも――
『あら、B子!久しぶり!』
誰かがそう言った。
『ちょっとA君、もっといい写真なかったの?🤣』
『そうよ。本人いたら絶対怒ってるよ!』
『うるさいなぁ。これがいいって言ったんだよ。』
みんなが笑った。A君も笑っていた。
B子が亡くなったのは、三年前だった。
でも、その写真がテーブルの上に置かれると、不思議なくらい自然にB子もいつもの輪の中に戻ってきた。
誰かの孫の話。誰かの息子の話。誰かの夫の話。そして、A君の妻の話。さっきまでと、何も変わらなかった。
その夜は本当に昔話に花が咲いた。
先生に怒られたとか。
文化祭で何をやったとか。
話しても話しても、思い出は尽きない。
でも十年前と、ひとつだけ違うことがあった。
『そういえば○○も、去年だったよね。』
『そうそう。急だったよね……。』
『△△は何年前だっけ?』
『もう五年になるんじゃない?』
『えっ、もうそんなに?』
気づけば、ここにはいない同級生の名前が、少しずつ増えていた。
十年前の旅行では、『次はどこへ行く?』そんな話ばかりしていた。
今はそこに、『あの子、いつだったっけ?』が混ざるようになった。
誰かが暗くなったわけじゃない。
泣いている人もいない。
B子の写真だって、みんなの真ん中で笑っている。
ただ――
私たちも、そういう年齢になったんだ。
初めて、そんなことを思った。
次の日。宿を出た私たちは、近くのお土産街をぶらぶら歩いていた。
『これ、孫に買っていこうかな。』
『また孫?昨日から孫のものばっかりじゃない🤣』
『だって自分のものなんて、もうそんなに欲しいものないんだもん。』
『あ、これ美味しそう。』
『試食あるよ!』
『あんた、それ何個目よ🤣』
急ぐ人はいない。次の予定も、特に決めていない。
気になる店があれば立ち止まって、疲れたら少し休む。
こんな旅行ができるようになったのも歳を重ねたからなのかもしれない。
ひと通り歩いたところで、誰かが言った。
『で、次はどこ行く?』
『北海道!』
『いいねぇ!北海道!』
『船で行く?』
『ちょっと待って。いくらかかると思ってるのよ。』
『またお金の話?🤣』
『するわよ!年金で遊べる額、余裕でオーバーしてんじゃないのよ!』
『でも行きたいなぁ。』
『行きたいけどさぁ……そのお金あったら、孫連れてどっか行ってやりたいし。』
『分かる。うちも今度、家族みんなで食事しようって話してるのよ。』
『それに、この先何があるか分からないじゃない。』
『病気したらお金かかるしねぇ。』
『うちは墓じまいも考えなきゃいけないし。』
『あー……うちもだわ。』
『なんか急に現実的な話になったな🤣』
『しょうがないでしょ。そういう歳なんだから!』
『じゃあ北海道は?』
『…………。』
『近場でもいいんじゃない?』
『そうだね。』
『別に泊まらなくたっていいじゃない。』
『みんなで美味しいもの食べに行くだけでもいいよ。』
『それなら行けそう。』
『じゃあ、また行こうよ。』
『うん。…行こう。』
十年前なら、
『じゃあ次はいつにする?』
誰かがそう言って、その場で次の予定を決めていたかもしれない。
あの頃は、また会おうと思えば、いつでも会える気がしていた。
行きたい場所があれば、また今度行けばいいと思っていた。
でも今は、少し違う。
北海道じゃなくてもいい。近場でもいい。
美味しいものを食べに行くだけでもいい。
旅行じゃなくたっていい。
また、みんなで笑えたらいい。
その「また」が、昔ほど当たり前ではないことを、私たちは少しずつ知り始めている。
使えるお金には限りがある。
自分たちのこれからにも必要だし、子どもや孫にも何かしてやりたい。
この先、病気になるかもしれない。
家のことや、お墓のこと。
いつか必要になるお金だってある。
だから、何でも「今のうちに」と使ってしまえばいいわけじゃない。
でも――「また今度」が、いつまでもあるわけでもない。
そのことだけは、B子の写真を見た今なら、少し分かる。
お金も。時間も。大切な人と一緒にいられる時間も。どれも、無限にあるわけじゃない。
だったら――何に使いたいんだろう。
旅行なのかもしれない。
孫との時間なのかもしれない。
家族みんなで囲む食卓なのかもしれない。
これからの自分のために、残しておくことなのかもしれない。
きっと、どれが正しいということではない。ただ、
自分にとって大切なものを、自分で知っておくこと。
それも、これからを考えるということなのかもしれない。
楽しかった旅行も、そろそろ終わる。
帰りの電車を待ちながら、みんなそれぞれに荷物を持ってホームに立っていた。
荷物が重たくならない程度に買ったお土産の入った袋。
飲み忘れちゃいけない薬。
スマホには、今回の旅行で撮ったたくさんの写真。
ひょっとしたら、この中の一枚が、
このメンバーで撮る最後の旅行写真になるのかもしれない。
そして、A君の鞄の中には、B子がいる。
三年前までは、その鞄を持つA君の隣を、B子も自分の足で歩いていた。
次の旅行では、誰がここにいるのだろう。そんなことを、ふと思った。
もしかしたら――『こいつも連れてきたよ。』次にそう言われるのは、私かもしれない。今日、一緒に笑っていた誰かかもしれない。
そんなことは、誰にも分からない。
十年前なら、考えもしなかったことだった。
電車がホームに入ってきた。
『楽しかった。じゃあね。』
『またね。また、連絡してね。』
いつもと変わらない言葉を交わして、それぞれの家へ帰っていく。
「またね。」
何十年も、何気なく使ってきた言葉なのに。
今日だけは、
少しだけ大切な言葉に聞こえた。