第三章「大切なものを守るために」
事件簿①
「ただの世間話だったのに。」
ピンポーン。
ある日の昼間、玄関のチャイムが鳴りました。
ドアを開けると、そこにいたのは、感じのいい年配の女性。
手には、ご近所への挨拶の品がありました。
『この町内に越してきたので、ご挨拶に伺いました。』
「あら、ご丁寧にありがとうございます。」
最初は、それだけでした。
ごく普通の、世間話。
『うちは夫婦だけになっちゃってねぇ。子供も、もう家を出ちゃって。』
気さくによく話す人でした。
こちらも、つられて話します。
玄関に置いてあった靴を見て、
『あら、かわいい靴。お嬢さん?』
「そうなんですよ。」
『おいくつ?』
そんな話から、子どものこと。家族のこと。そして、
『ご主人も、この時間はまだお仕事なのかしら?』
そんなことまで。
別に尋問されたわけではありません。
何かの書類に書いたわけでもありません。
ほんの数分の、ご近所さんとの世間話。
女性は、
『それじゃあ、これからよろしくお願いします。』
と笑顔で帰っていきました。
ところが、その後。
しばらくして、この近辺で空き巣被害が続きました。
もちろん、あの日訪ねてきた女性と、空き巣被害に関係があったのかは分かりません。
単なる偶然だったのかもしれません。
ただ、あとになって気になったことがありました。
「そういえば、あの人……どこに引っ越してきたんだろう?」
ご近所の人たちに聞いてみても、
その女性がどこに越してきたのか、知っている人はいませんでした。
それでも、あの女性が何かに関わっていたという証拠はありません。
ただ――。
私は主人に、こっぴどくお説教を食らいました(笑)。
「知らない人に、家族のことをそんなにベラベラ喋るな!」
……。
ごもっともです🤣
でも、なんで喋っちゃったんだろう?
後になって考えてみれば、本当にその通りです。
見ず知らずの人に、
「何人で住んでいますか?」
「子どもは一緒に住んでいますか?」
「ご主人は昼間、家にいますか?」
いきなりそんなことを聞かれたら――
誰が答えるんだよ🤣
たぶん、
「なんでそんなこと聞くんですか?」
で終わります。
でも、その日は違いました。
感じがよかった。
同じ女性だった。
自分より年上だった。
手には、ご近所への挨拶の品。
そして何より、
『この町内に引っ越してきました』
という、疑う理由のなさそうな言葉がありました。
だから、警戒しなかった。
悪い人って、どんな顔?
もし誰かを騙そうとする人がいたとして――。
その人は、いかにも怪しい顔をして、私たちの前に現れるでしょうか。
「こんにちは。
怪しい者です😎」
……だったら、ものすごく助かるんですけどね🤣
でも私たちは、相手がどんな人なのかを見た目だけで判断することはできません。
それなのに、
・感じのいい人だから
・親切そうだから
・自分より年上だから
・女性だから
そんな小さな安心材料から、「この人なら大丈夫そう」と思うことがあります。
それ自体が、悪いことではありません。
人を信じることまで、怖がる必要はないと思います。
でも――。
「感じのいい人」と、「自分のことを話していい人」は、同じではありません。
ところで、何を話した?
ここで、最初の会話をもう一度思い出してみましょう。
話したのは、銀行口座でも、暗証番号でもありません。
でも――。
・夫婦で暮らしている。
・子どもは家を出ている。
・娘がいる。
・娘のおおよその年齢。
・昼間、ご主人が家にいるのかどうか。
……。
結構しゃべってる😨
本人には、
「大切な情報を教えた」
なんて感覚はなかったと思います。
だって、ただの世間話だったから。
でも一つひとつを並べてみると、その家で、
・誰が暮らしているのか。
・子どもは同居しているのか。
・昼間、誰かが家にいるのか。
少しずつ、その家の暮らしが見えてきます。
🌸今回の「ちょっと待って!」
知らない人とは話してはいけない。人を信用してはいけない。
そんな話ではありません。
人と人との何気ない会話は、大切なものです。
ただ、その会話の途中で、この事件簿のような話になったら――。
ちょっと待って!
それ、その人に話す必要のあることですか?
答えなくても失礼ではありません。笑って話題を変えてもいい。
「今、ちょっと立て込んでますので…😅」
それだけでもいいのです。
悪い人を見抜くより。
あの日の女性が、空き巣被害に関係していたのか。
それは今も分かりません。
だから、
「あの女性は犯罪者だった」
という話ではありません。
でも、ここから考えられることはあります。
相手が安全な人かどうかを、見た目だけで完璧に見抜くことはできない。
だったら、「悪い人を見抜こう」とするだけではなく、
相手が誰であっても、話さなくていいことは話さない。
その方が、ずっと簡単です。
人を疑って生きるのではなく、自分の情報を、自分で大切にする。
それだけでも、守れるものがあるのかもしれません。
そして、ここからです。
今回は、
何気ない世間話の中にも、意外とたくさんの情報が含まれている。
そんなお話でした。
では、普段の生活の中ではどうでしょう?
私たちは毎日、
話したり、書いたり、見せたりしながら、さまざまな情報を外へ出しています。
その中には、自分では「これくらいなら大丈夫」と思っているものもあるかもしれません。
第三章では、これからいくつかの事件簿を通して、
私たちが普段、何気なく外へ出している情報について、一緒に考えていきます。
でも、今日から一つだけ。
誰かに何かを聞かれたとき、
「これ、話して大丈夫?」
一度だけ、心の中で立ち止まってみてください。
その数秒が、
自分や大切な人を守ることにつながるかもしれません。