第二章「終活を考えるとき」
ケース10「思い出の重さ」
『ねぇ、このソファ、もう捨てたいんだけど。』
実家へ行ったとき、母が古いソファを指さした。
「捨てればいいじゃん。」
『それができないから言ってるのよ。お父さんだけじゃ、もう動かせないの。』
言われてみればそうだ。
母は身体が弱く、昔なら父と私で「せーの!」とやれば、どうにかなったのかもしれない。
でも今は、父も腰が痛い、膝が痛い。重たい家具ひとつ動かすのも大仕事だ。「分かった。処分の仕方、調べとくよ。」
『それとねぇ……』
嫌な予感がした。
母が倉庫の扉を開けた。
食器。食器。また食器。
「…………マダムよ、ウチって何人家族だったっけ?」
『昔はお父さんとブラブラしながら気に入ったのを見つけると買っちゃってたのよ~❤』
「……なるほど。原因は二人だったか🤣」
『そうよ~。これなんか、お父さんが気に入ってねぇ❤』
母が一枚の皿を手に取った。
「じゃあ、それ使えば?」
『今はこんな大きいの使わないわよ。』
「じゃあ捨てる?」
『…………。』
「黙るな🤣」
テレビや雑誌では、よく「断捨離」という言葉を見聞きする。
何年も使っていない物は、これからも使わない。
それなら、手放してしまえばいい。
私も、基本的にはそう思っている。
だって、何十年も倉庫や押し入れの奥にしまったままなら、無くても生活には困らないということだ。
「これなんか、もう要らないでしょ?」
『でも、それはあんたたちが小さい頃によく使ってたお弁当箱なのよ。』
「いや、知ってるけど、誰も使わんやん?」
『使わない。』
「じゃあ捨てる?」
『…………。』
「だから黙るなって🤣」
そして、まだ手をつけていない場所がある。
押し入れだ。
中を細かく確認したわけではない。
でも――
嫌な予感しかしない😨
私や妹が子どもの頃に描いた絵。
今となっては、お弁当箱のように「一体、誰が使うんだ?」というようなおもちゃ。
そんなものが、わんさか出てくる気がしている。
そして、それを目の前にしたときの母との会話まで、なんとなく想像がつく。
『これ、あんたが小さい頃に描いたのよ~❤』
「へぇ~。オカンのスマホで写真撮っとく?」
パシャッ。
「はい。じゃあこれは写真に残したから処分でいいね。」
『えぇ~。でもこれは取っておきたいわぁ。』
「…………って、オイ! 写真撮った意味ーーー!!🤣」
たぶん、こうなる。
いや。
かなりの確率で、こうなる😂
そんなことを考えていたら、母が押し入れの中にある「とあるもの」の話をし始めた。
七段飾りの雛人形だ。
私が生まれたとき、祖父が買ってくれたものだ。
『あの雛人形、どうする?』
「供養してもらおう。」
『えぇ? お爺ちゃんがあんたのために買ってくれたのよ。』
「分かってるよ。だからちゃんと供養してもらおうって言ってるの。」
祖父が私を想って買ってくれたことは、もちろん嬉しい。
その気持ちまで捨てるつもりはない。
でも――
「私、もう充分育ち切っとるし❤」
『そういう問題じゃないでしょ🤣』
「それに、ある時期から出すの面倒になって、ずっと出してないじゃん。」
『まあ……そうだけど。』
「お雛様出し忘れると結婚できないっていうからなぁ……。」
母を見る。
「まぁ、おかげさまで独身、謳歌させてもらっとるしーー🤣」
『ちょっとー、人のせいにしないでよねーー🤣』
二人で笑った。
でも、私は思った。
今でも大きくて重い七段飾り。
これをあと何十年か残して、今度は独り身の私自身が歳をとってから処分することになれば、お金も労力も今以上にかかる。
思い出があることと、持ち続けることは、同じじゃない。
祖父が私を想ってくれた気持ちは、雛人形を手放したからといって無くなるわけじゃない。
ちゃんと感謝して、きちんと供養して、手放す。
私は、それでいいと思った。
そして、もう一つ気になっていることがある。
庭だ。
隣の土地には、今度新しい家が建つらしい。
その話を聞いてから、父も母も庭の木を気にするようになった。
枝が伸びて、隣の敷地へ入ってしまったら迷惑をかけてしまう。
『この枝も切らないとなぁ。』
父が木を見上げる。
「お父さん、自分でやらないでよ。危ないから。」
『分かってるよ。』
でも、分かっていてもどうするのか。
木を切るのか。
業者を探すのか。
庭石はどうするのか。
草は誰が刈るのか。
このまま放っておけば、せっかちで頑固な父のことだ。
そのうち一人で脚立と枝切りばさみを用意して、枝を切り始める気がする。
もちろん、そこには父なりのやさしさがあることも分かっている。
こんなことくらいで、遠くに住む娘をわざわざ呼びたくない。
できることなら、自分でやってしまいたい。
きっと、そんなところなのだと思う。
でも、娘としてはそうも言っていられない。
歳を重ねてからの脚立作業となれば、転倒や骨折だって心配になる。
『分かってるよ。』
その言葉を、どこまで信用していいものか……。
そう、歳を重ねると、物は重くなる。
ソファも。食器の入った箱も。七段飾りも。
若い頃にはできたことが、少しずつ難しくなっていく。
視力も落ちるし、足腰も弱くなる。
高いところの物を取ることさえ、いつか危なくなる。
だから、私も動けるうちにやっておかなければ。
親の姿を見ながら自分に重ね合わせ、そう思っていた。
その日の夜、自宅へ帰りついた私は、実家の物をあれだけ「あれは要る?」「これは捨てる?」と仕分けしてきたせいか、自分の家にある物まで妙に気になった。
クローゼットを開けてみると、かなりボロボロになった鞄と財布が目についた。
使わなくなって、どれくらい経つのだろう。
社会人になってから云十年。
どれだけたくさんの鞄や財布を買い、そして手放してきただろう。
それでも、このふたつだけは捨てられずにいた。
まだ私がお金に余裕のなかった頃、母が買ってくれた鞄と、お下がりでくれたブランドの財布だった。
妹が、私のことを思って選んでくれた小物もいくつもある。
使っているものもあれば、飾ってあるだけのものもある。
でも、捨てようとは思わない。
『…………。』
次に、倉庫を開けてみた。
そこには、模様替えした以降使っていない、高級座椅子。
しかも、一つじゃない。
『…………高かったんだよなぁ。』
ただ、それだけの理由で取ってある。
昼間、自分が母に言った言葉が頭に浮かんだ。
「何年も使ってないなら、要らないでしょ。」
『…………。』
私は倉庫の扉を、そっと閉めた。
「私、お母さんのこと言えないじゃん😅」
断捨離できる女だと思っていた。
使わない物は捨てればいい。
思い出なら写真に撮ってデータで残せばいい。
そう思っていた。
でも自分の家にも、そういう物はちゃんとあった。
人から見れば、
「もうボロボロじゃん」
「使ってないじゃん」
「そんなもの、写真に撮って捨てれば?」
そう言われそうな物が。
「物に込められた想い……か。」
「お母さん、ひどいこと言っちゃったよね……。ごめんね。」
ただ――
だからといって、全部残せばいい、とも思わない。
祖父が買ってくれた雛人形は、供養して手放そうと思う。
母が買ってくれた鞄は、もう少し持っていたい。
妹からもらった小物も残したい。
高級座椅子は……。
(読者の皆様の期待を裏切るようで、大変申し訳ないのですが……。)
…………まあ、それは今度考えよう。
人の物なら簡単に決められるのに、自分の物になると、こんなにも難しい。
でも、ひとつだけ気づいたことがあった。
母の家にある物は、母が歳をとった日に突然現れたわけじゃない。
母が若かった頃から、
家族と暮らし、
誰かを想い、
誰かから想われ、
一つ、また一つと増えてきた大切なものだ。
そして今、私の家にある物も同じ。
私の「思い出の重さ」も、もうとっくに始まっていた。
今ならまだ、自分で持てるし、自分で見られる。自分で調べられる。
そして、
写真に残して手放すのか。
供養して手放すのか。
もう充分だと笑って手放すのか。
自分で決められる。
終活って、もっと歳をとってから考えるものだと思っていた。
でも、違った。
母の家にある物も、
私のクローゼットにある物も、
今日突然そこに現れたわけじゃない。
誰かと過ごした時間の中で、一つ、また一つと増えてきたものだ。
「思い出の重さ」は、歳をとってから背負うものじゃない。
そして、引き継ぐ人が居ようが居まいが、誰かに背負わせるものでもない。
私はもう、とっくにその重さを抱えて暮らしていた。
私はもう一度、倉庫を見た。
高級座椅子が眠っている。
「…………どうする、これ。」
今日は考えるのはやっぱりやめておこう。
私はやっぱり、人との思い出を物にまで残してしまう、そんな父と母の子であった。🤣🤣🤣