第二章「終活を考えるとき」
ケース8「最愛の父へ。」
今日は、遺言動画の最終撮り。父への言葉を撮ろうと決めた日。
母が亡くなった4年前を思い出していた。
あの頃の私は、母を亡くした。
でも、お父さんは――最愛の妻を亡くしたんだ。
今、自分が拓也(夫)を残していく立場になって、ようやく分かることがある。
もちろん、全部なんて分からない。
それでも、あの頃のお父さんの気持ちに、ほんの少しだけ近づいた気がしていた。
私はカメラの前に座った。
録画ボタンを押す。
「お父さん。」
「今まで、ありがとう。」
…………。
「……ちがうな。」
「この言葉って、結婚式前日みたいだね😅」
自分で言って、少し笑った。
「お母さんがいなくなったとき。あの時さ……私、自分が寂しいことでいっぱいだったんだ。」
「もちろんね。もちろん、お父さんのことも心配してたよ。してたけど……。」
「今になって思うの。」
「私にとっては、お母さんだったけど……。お父さんにとっては、奥さんだったんだよね。」
「当たり前なんだけどさ……。」
「私が知らない、お父さんとお母さん二人だけの時間も、いっぱいあったんだよね。」
「私が生まれる前から二人でいて。で、私ができて、私を育てて。」
「私が結婚するところまで、一緒に見届けてくれて。」
少し、言葉が止まった。
「……寂しかったよね。」
「今さら何言ってんのって感じだけど。」
「でも今なら、あの頃とは少し違う意味で分かる気がする。」
「私も、拓也とまだ一緒にいたいから。」
そう言ったら、急に涙が出た。
慌ててティッシュで拭いた。
「……やだなぁ。今日は泣かないつもりだったのに…。」
一度、息を整えた。
「お父さん。」
「私ね、望未のことより、お願いしたいことがあるの。」
「だって望未のことは、絶対溺愛するの分かり切ってるから🤣」
「私が何にも言わなくたって、いっぱい抱っこして、いっぱい甘やかすでしょ?拓也に「お義父さん、甘やかしすぎです」って言われるくらい🤣」
「だから、望未のことは心配してない。」
「私がお願いしたいのは……」
少し間を置いた。
「拓也のこと……。あの人、泣き虫だから🤣」
「望未ができたって分かったときだって、私より先に泣いたんだから。最近なんて、もっと泣き虫になっちゃって。」
「でもね。」
「私がいなくなったら、きっと望未の前では一生懸命パパをやろうとすると思う。」
「辛くても、平気な顔しようとすると思う。そういう人だから。」
「お父さんは……分かるよね。」
「大好きな人がいなくなったあとって、どんな感じなのか。」
少しだけ迷った。それでも、これは言っておきたかった。
「だからね、お父さん。拓也のこと、支えてあげられるのお父さんだけだと思うの。」
「何かしてあげてってことじゃないよ。」
「ただ……拓也が望未を連れて遊びに来たり、望未に会いに来たときは、そっと隣にいてあげて。」
「たぶん、あの人、お父さんの前では泣かないと思うから🤣」
「何にも聞かなくていいし、何にも言わなくていい。……ただ、隣にいてあげて。」
しばらく黙った。
言おうかどうしようか迷ったけれど、やっぱり言った。
「お母さんの次は自分だと思っていただろうに、私まで……だもんね……。」
「ごめんね、お父さん。親不孝で…ごめんなさい。」
涙が落ちた。今度は、そのままにした。
しばらくして、私は少しだけ笑った。
「でもね。」
「お父さんと拓也が、どんな風に望未を育てていくか、お母さんと私は一緒に見守るつもりだよ。」
「だから二人とも、変なこと教えないでよ~。」
「特にお父さん。」
「望未が欲しいって言ったもの、何でも買っちゃダメだからね。」
「……まあ、絶対買うと思うけど🤣」
笑ったら、少しだけ気持ちが楽になった。
母が残してくれた手紙のことを思い出した。
投薬の影響で弱くなった筆圧。それでも、確かに母の字で書かれていた、私への想い。
あの手紙を受け取ったとき、私は娘だった。そして今、私は母になろうとしている。
「お父さん。」
「お母さんからもらった手紙ね。今でも大事に持ってるよ。」
「あのときのお母さんが、どんな気持ちで書いたのか……今なら、なんとなく分かる気がするんだ。」
「だから私も、望未に残したよ。」
「私の代わりのうさちゃんのぬいぐるみと、動画をね、残したんだ。」
「望未に、ちゃんと渡してあげてね。」
少し黙った。
最後に、どうしても伝えておきたいことがあった。
「お父さん。あのね。」
「私、二人にたくさん愛されて育てられてきたこと、ちゃんと分かってるよ。」
声が震えた。
「お父さんとお母さんの娘に生まれてきて、本当に……本当に幸せでした。」
もう、涙を止めることはできなかった。
それでも、カメラを見た。
「たくさんの愛を……ありがとう。」
しばらく何も話せなかった。
それでも、これで終わりにはしたくなかった。
涙を拭いて、少し笑った。
「私は、望未という生きがいを、お父さんに託します。」
「だから、こっちに来るのはまだまだ早いよ!」
「来たって、お母さんと私が追い返しちゃうんだから🤣」
「だからね。お願い。」
「元気な、頼れるお爺ちゃんでいてください。」
少しだけ手を振った。そして――録画を止めた。
これで、私が残しておきたかった三人への言葉を、すべて撮り終えた。
望未へ。拓也へ。そして、お父さんへ。
伝えたいことは、それぞれ違った。
でも、三人に願ったことは同じだった。
私がいなくなったあとも、どうかそれぞれの人生を、生きてほしい。
カメラの電源を切った。
部屋が、急に静かになった。
お腹に手を当てる。
「望未。あとは何をしようかしらね?」
少し考えて、ふと思いついた。
「パパが好きな料理のレシピでも、書いとく?」
「あなたも好きなお料理になるといいな……。」
そう言ってから、ちょっと笑った。
「でもパパ、ちゃんと作れるかな🤣」
お腹をそっと撫でる。
「まあ、そのへんは二人で頑張ってね😊」
さて。
まずは、何から書こう。